父の男泣き
私の父は、子どもはずっと男の子が欲しかったそうです。結局子どもは娘二人で、肩身の狭い思いをする羽目になった父ですが・・・
体が大きく産まれた妹が、病院の産室から運ばれてくるときに、ブルーのタオルでおくるみされて出てきたそうです。
それを見て父は「男の子だ!」と早とちりして大喜びした直後、看護師に「大きな女の子ですよ~」と告げられ、見当はずれにガックリしたというエピソードは、今も家族の語り種となっています。
息子との男生活に憧れがあったのでしょうか?
父は昔気質の厳しい人なので、母曰く
「娘で良かったのよ。息子だったらぐれちゃってたわ」と。
そして私が結婚してようやく念願の息子が出来た父は、私の相方が可愛くて仕方ないといった様子でした。また彼も、私の父をとても大切にしてくれていました。
それを象徴するのが、お酒の席での2人の姿でした。
父が酒を飲むときは必ず相方が隣に座って、相手を買って出てくれていました。父のグラスが空にならないように、彼がいつも目配り気配りして、完璧なお酌をしてくれていた姿を思い出します。相方はお酒が得意な方ではなかったのに、私のために率先して父の相手をしてくれていたのです。そこまでしなくていいんだよ~!と度ごと言うのですが、彼は正座を崩さず、きっちり父に尽くしてくれました。その心意気には未だに涙がでます。
息子が欲しかった父は、彼に隣でお酌して貰い、本当に嬉しそうに、満足げに目を細めてグラスを傾けていました。相方が、父のなかの理想の息子を叶えてくれていたようです。
そんな父ですから、私同様に彼の死にはただならぬ衝撃を受け、なかなか消化できない想いを募らせたようです。
彼が亡骸になってようやく自宅に帰ってきたときに、皆でけん杯をしたときのことです。
静かにグラスを掲げ、しんみりと口にして間もなく、父が肩を震わせ嗚咽を漏らして泣いたのです。
「もう、お酌して貰えないんだなぁ…」震える声で言いました。
この父の姿はショックで、今でも鮮明に記憶に残っています。強いと思っていた父が、娘婿の死に娘の前で憚ることもせずに泣いている…弱い姿を晒している…今でも思い出すと、胸が苦しく込み上げてくるものがあります。
私は『こんな悲しい想いをさせてごめんね、泣かせちゃってごめんね』と口には出せませんでしたが、心で詫びていたのを覚えています。
さてそんな父ですが、私同様に根は暗くないので、もうすっかり元に戻ったように見えます。
まず、私の元気が戻って安心したのでしょう。
今では定番となった、相方の月命日に合わせた毎月のお墓参りを率先して取り仕切ってくれています。
そして現在、私に出来た新たなパートナーと、大好きなお酒を酌み交わしています。
一度終わってしまったあの日と同じく、隣に息子を従えるようにして、お酌をしてもらっては目を細めて嬉しそうに美味しそうに…
ただあの日と違うのは、今の彼が元相方よりもずっと酒が強いと言うこと…
片方がグラスを空けると、もう一方も競うように流し込みます。
グラスに出来たビールの泡の層を比べて、どちらが1度に多く呑むかと楽しそうに議論します。
そんな二人の姿を見て、これで良かったのかなと私も嬉しくなるのでした。
「父にもう一度、あの日と同じ思い、あの日の続きをさせてあげられて親孝行になったかな」と。。。
今の彼には失礼かもしれませんが、元相方が父の相手という重役をバトンタッチをして巡り会わせてくれたのかしら?とも感じてしまうことがあるのでした。