さて、喫茶店のお話でも・・・喫茶テネシー
先日、地元の純喫茶へ行ってまいりました。
場所は横須賀共済病院近くに店を構える”喫茶テネシー”さんです。
レトロが昔から好きな私は、最近の純喫茶ブームに乗っかって、ここは一度訪れたいと思っていた場所です。
さあ、念願の入店です。

どうですか、このレトロ感!!!感動ものです。
この最高のレトロ空間に、コロナ対策で一部パーテーションを設けておられるのが、折角の雰囲気を壊していて惜しい!とさえ感じてしまいます。
初めてでドキドキしているところ、女性が気さくに店内に案内してくださいました。
テーブル席に腰をおろし、早速メニュー漁りです。
オムライス
ドライカレー
レモンスカッシュ
クリームソーダー
ドンピシャなラインナップです。
が…やはりここは、コーヒーはマストでしょう。
初めてですしね、信頼関係を築くまではご挨拶と基本には忠実でないとね。
私は雰囲気が良ければ、楽しく美味しいと感じるバカ舌なので違いなんてわかりませんが、店で一番高価なブルーマウンテンと、割安なオリジナルブレンド(ホットケーキセット)を頼んで味比べをすることにしました。
さてオーダーを終えて、店内をじっくりと眺めて雰囲気を楽しみます。
先ず真昼間なのに、太陽光なんて全く感じない落ち着ききった店内(いい意味で!)
そして入店時即座に感じた強烈なタバコの匂い
長年の喫煙でいたるところに染み付いているのでしょう。今でこそ店内禁煙の店が当たり前になりましたが、かつてタバコは男のたしなみ。
コーヒーとタバコとジャズがセットだった、盛り場時代を物語る悪びれることのない匂いです・・・
勿論スピーカーからはjazz!
Duke EllingtonのIn A Sentimental Moodがゆったりと流れて雰囲気を爆上げしてくれているじゃないですか!!!
う~~~ん、いいです。最高です。
さらに店内を繁々と眺めていますと、鋲うちのソファや子供のころによく見かけた琥珀色の美しいコーヒーシュガーの欠片
凝りに凝った壁紙の模様
脚のついたレトロなコーヒーグラスなどなど
心躍ります。


一通り眺め終わり、ゆっくりとコーヒーを味わっていますと、先客の粋のよさそうなご婦人二人の会話が耳に入ってきます。
盗み聞きしたんじゃないんですよ。
大きな声で快活にお話しされているので、聞こえてきちゃうんですよ。
どうも大学生の男のお孫さんが、最近お化粧をされているようで(笑)
それを受け入れられないとご婦人が大騒ぎ(笑)
孫がオカマなんだと、お仲間のご婦人に話しておられました。
時代ですねぇ・・・('ω')
最近は男性コスメも多いし、若い男の子のメイクアップも当たり前になってきたんですね。
私も肌感覚で、そういうものなんだと認識しています。
でも、そのご婦人方は見たところ齢70~80前後でしょうか。
なかなか受け入れ難い新常識なんでしょうねぇ。
そちら側の気持ちも、わからない分けではないです。
歳をとるにつれて、新しい感覚を受け入れることが難しい人が多くなる気がしますものね。
そのお気持ちもわかりますよ~~~なんて考えていたら、ご婦人方はもう別の話題に(笑)
次は、病気と寿命の話をしておられました。
病院の側ですし、もしかしたら通院帰りかもしれませんね。
「母親が同じ病で亡くなってるからさぁー、私もそろそろだー」と。
一見重たい話のように感じますが、ご本人たちはでっかい声でカラカラあっけらかんと話しておられました。
こういうの、いいですよね。
こういう方、私は好きです。
ニコニコ、ニヤニヤしながら聞かせてもらいました☆
さて、肝心なコーヒーのお味ですが、私はやはりバカ舌なので詳しい違いなどは恥ずかしくて書けないのですが
オリジナルブレンドはえぐみも痺れる苦みもなく、スッキリと香ばしい薫りがよく好きでした。
ブルーマウンテンは、さらに奥行?深さがあるような味わいを感じました。(自信がなく、抽象的ですみません)
コーヒーはまだまだ未知の領域ですので、あまり偉そうに美味しいだどうの、と言えません(笑)
私にとっては、コーヒーの味だけではなく、ここの独特なレトロな雰囲気を一緒に楽しめるのがいいのです。
年季の入った渋い雰囲気から察するに、きっと私の親世代、またはもう少し上の世代の方たちがこぞって訪れていた場所だったのでしょう。
かつて、ここが最新の盛り場だった時代があったに違いありません。
時代は流れ、オシャレカフェが台頭するようになっても、ここで変わらずこのスタイルを貫き続けてこられて、また今ようやく流行の流れが巡ってきたんでしょうね。
すごいなぁ。
私が大学生のころ、カフェブームで地元にも何件かカフェがオープンし、世界観や独自性を競っていました。
私も休みのたびにカフェ巡りをしたりしていましたが、当時オープンしたカフェのほとんどが数年でなくなり、今ではもうほとんど残っていません。
流行や時代の価値観が目まぐるしく変わる中で、同じことを長く続ける、同じスタイルを貫き通すのは、簡単なことじゃなかったはずです。
ブームが去れば、次に訪れるのは時代錯誤のレッテルですし・・・
ひとつ、またひとつと同業が店を閉めても、それでも続けてた結果、一週回ってまたその価値が見いだされ、このセンスに共感して集う人が増えてきたんでしょうね。
本当にすごいなぁ。
隙のないオシャレなカフェもいいけれど、今またその価値がグンと上がっている喫茶店。その中でも、昭和の雰囲気をいい意味でそのまま残した”喫茶テネシー”
ご婦人方のお話を聞きながらゆっくりとコーヒーの飲み比べをして、レトロアンバーな雰囲気を堪能した最高の時間となったのでした。
愛車をミニチュアに

亡くなった相方は、車が大好きでした。
車好きも色々なパターンがあると思いますが、彼の愛車は自慢のランサーエヴォリューションⅤ。完全ガチのやつです。
そっちの趣味がある方には、直ぐにタイプを理解していただけると思います。
このランエボを週末の度にいじり倒し、チームに入ってレースに出たり峠をせめたりね…
彼が亡くなった数日後に、生前注文していたランエボのでっかいカスタムパーツ(マフラーと、どこにはまるのか私にはさっぱり解らない、謎の特大金属板)がヤマト便で届いて困惑しました…
そんな彼の愛車ですが、勿論マニュアル車。
私はAT限定免許しか持ってませんから、動かせないしエンジンのかけ方すら解らない…
途方に暮れました…
さて、彼が亡くなって1年経った頃、家族の伝で助っ人を頼りようやく車関係の遺品を整理致しました。
ランエボも引き取って貰ったのですが、これがやはり辛かった(/_;)
亡くなってから手つかずだったランエボは、唯一彼が生きていた時のまま時間が止まっていました。
ランエボを見ていると、仕事が休みのたびに、つなぎを着て一日中車を弄っていた彼の姿を思い出します。
また家の前に鎮座していたランエボは、もう家の顔のようにもなっておりました。
近所の小さい男の子が興味津々に車を覗いていったり、車好きな方が声をかけてくれて世間話をしたり。。。
宅急便配達では
「お宅の目印はありますか?」
「家の前にランエボがとまってます」
「あっ!わかりました!」と自宅の目印に一役かってくれていたり…
彼がいなくなってしまった家で、どっしりと変わらず鎮座しているランエボが、彼の代わりのようにも感じていたのです。
しかし、主がなくなった車をいつまでも置いておくわけにはいきません。
時が経てば経つほど手離しがたくなるし、また劣化も進んで手に負えなくなります。
いよいよランエボを引き取りという最後の時は、彼のお母さんも集まり、皆で牽引されていく姿を見送りました。
遠く小さくなっていく後ろ姿を、涙を流しながら、見えなくなるまで見送りました。
それはまるで、彼の亡骸が家を経つ時と同じ光景でした。
そんな彼の愛したランエボを心の拠り所にしていた私は、全く姿形無くしてしまうことが憚られたのです。
彼の面影を感じる、彼が何よりも大切にしていた愛車を残してあげたい…
けれど維持する能力が私にはない…
なんとかしなきゃ!でも…を繰り返し業を煮やしていました。
そんな折、以前テレビで歴代の愛車をミニチュアにしてコレクションしている人が紹介されていたのをふっと思い出しました。
「そのまま車は置いておけないけど、ミニチュアにすれば彼が大切にしていた車がどんなだったかいつでも側で見られるし、忘れずにいられるから寂しくないかも」と思い立ったのです。
それから私は、そういったミニチュアを製作しているとある会社にコンタクトをとり、製作を依頼することといたしました。
ベースとなるミニカーは海外から取り寄せ、更に細部まで再現できるように、車の外観のみならず内部まで写真を撮ってデータをやり取りして、それを緻密な作業で本物そっくりに仕上げていただけるとの事でした。
やはりこれだけの行程がありますから、他の依頼もあるので少しお時間をいただきます、とのお返事でした。
私も、2年くらい待つのかなぁ…とざっくりと心の準備はしていたのですが、今回の依頼の事情を全て打ち明けたところ
「三回忌の命日までに間に合うようにやってみましょう」と提案してくださったのです。。。
心ある優しい対応にとても嬉しく、感激いたしました。


そして手元に届いたのが上の写真のミニチュアです。
どうです、すごいでしょう!
本当に細部までそっくりに作られていて、感動です!
そしてこれを見たときに「これでやっと、ずっと気兼ねなく側に置いておけるし、これを見ればいつでも思い出すことが出きる…」と安心しました。
本当にお願いして良かったです。
担当してくれた方もマメにご連絡をくださり、まるで一緒に製作に携わることが出来たような感動も感じたのです。
最後に完成したミニチュアが送られてきた箱の中には、お手紙と、地元のお菓子を同封してくださいました。
悲しみのどん底にいた時、人の温かい心に触れ、ただただ有り難くて、やっぱりまた泣きました。
辛いことがあっても、人生捨てたもんじゃないんだよなぁ、と思えたのです。
この会社とご縁があって、本当に幸せでした。
今もこのミニチュアは、彼のお仏壇の側に置いていつも見られるようにしています。
好きだった”水曜どうでしょう”のステッカーをここに貼ってあったね…
このライトは自分で取り付けてた物だったね…
こうやって、このミニチュアが彼の記憶の入り口をいつまでも担ってくれているので安心です。
忘れてしまうことは決して悪いことではないけれど
私は生きている限り、彼にまつわることはどんな些細な事でも記憶を残しておきたい・・・
決して彼の死に窮屈に悲観的に縛られているのではなく、彼の思い出を共有できる人とは、たまにはケタケタと笑いあいながら彼の思い出話をしたいな、と今でも思います。
私たちの中に散らばって残っている彼の記憶を持ち寄って、彼が共に生きていた時間を掘り起こしていると、薄れていた彼の形が再び輪郭を成し、まるで今ここに、一緒にいるような感覚が蘇るのです。
あの日から8年経って、胸を掻きむしられるような激しい悲しみに囚われることはめっきりなくなりました。
ただ、彼のことを忘れないでいたいと思う気持ちはあの日から変わりません。
当時と確実に違うのは、悲しみを伴わずに優しい気持ちで彼を思い出せることです。
辛さを乗り越えた褒美でしょうか。
彼の大切にしていたランエボミニチュアを見ていて、そんなことを染々と考えていたのでした。
たまにはガッツリ、アメリカ飯!

先日誕生日を迎えた私。
またひとつ齢をとりました。
さて、上の写真は誕生日祝いで爆食いした一品でございます。
誕生日だから、なにか食べたいものはあるか?と問われ考えた私、今年は久しぶりに、ガツンと濃くて強いアメリカ飯が食べたくなりました。
たまに、本当にたまーーーに食べたくなるアメリカ飯。そのタイミングが、ワガママが許される誕生日と重なりましたので、躊躇なく行ってまいりました。
さて、近場で食べられるアメリカ飯と言えば、私はここ一択、TGI FRYDAYSです。
メニューはタコスやハンバーガーやステーキや…それはそれは想像通りのラインナップです。ボリュームもアメリカン。
「料理と一緒にフライドポテトは必然的についてくるから、別に頼まない方がいいよ」ってな期待を裏切らないアメリカ具合です。
でも、そう、そういうこと。今日はこういうのが食べたかった。
そして、数あるメニューの中からこれ!私はこれをおすすめしたい。
それは、マッシュルームのフライです。
アメリカらしいでっかいステーキやハンバーガーではなく、マッシュルームフライです。メニューの中でもかなり地味な方。でも私はこれが一番好きなんです。

画像からも解る通り、キラキラと黄金色に輝き、ザクザクの鎧をまとうキノコ様。勿論、揚げたてのカリッカリ、この上ないクリスピー☆
歯ごたえ、いい塩気・・・この衣、やりますな。
そして中にはこれまた大火傷必至のマッシュルーム!歯をいれると、カリカリを突き破って大放出される激アツのきのこ汁!
ブシュ、ジュワーーーっと口に広がります。
これがもう、ヤケドも構ってられないほどの旨味と香り!!!
マッシュルームの凝縮された旨汁が噛むごとに出るわ出るわ…
こんなん、美味しくないわけ無いでしょう。
横にそえられたホースラディッシュのソースもね、またいいんです。つけなくても塩気が良くて美味しいんですが、このソースがまた味変になっていくらでもいけちゃう。
マッシュルームに衣をつけて揚げた、シンプルなものですがこれに夢中!
マッシュルームが好きな方には本当にオススメしたい。
そして、油のお供はやはりお酒。フライデーズは、お酒も充実してますよ!
ビールもカクテルも!
私はやはり、ここはビールで。
この熱々のマッシュルームフライ…からの、良く冷えたビール!口の中をフライの熱々→ビールの冷で繰り返してるうちに、整いました。
も、これ夏に最高でしょう!
テンション爆上がりで喰うは飲むは…
他の料理も堪能しつつ、マッシュルームに魅了され過ぎた私は、なんとマッシュルームをまさかのおかわり…
他にも魅力的なお料理は沢山あるのに、マッシュルームの誘惑に勝てなかった…
2皿もペロリと完食。
旨かった。実にうまかった!!!大満足でございます。
未亡人の愛別離苦を綴ろうと始めたこのブログでありましたが、気が付けば旨いもんを紹介してばかり。。。
でもいいの、旨いもんに夢中なのは元気な証拠☆
それでも誕生日や命日などの節目の度に、かつて悲しみ以外の感情を消失した強烈だったあの日々を思い出します。
そうすると改めて、美味しいものを美味しいと感じる心と体が戻ったことに感謝と幸せを感じるのです。
今年も穏やかに、無事にひとつ齢を重ねられました。
貴方はこの先もずっと31歳のままだから、私とはどんどん齢が離れていくね・・・
私はこっちで辛苦をなめつくし、老いも受け入れ、貴方の分まで全て堪能して、精一杯この世を生き尽くしてからそちらへ行きます。
だからどうか、私がゴールのテープを切るときには「よくやったね。」と迎えてください。またそちらで再開できる日を楽しみにしているよ。
こうやって亡くなった相方に、心で語り掛けます。
旨いものの話から最後はしんみりと未亡人の想いを語り、このブログの本題と無理やり?リンクさせて辻褄を合わせるのでした。
栃木車中泊の旅・ラーメン道楽(行列のできる店・白河ラーメンの「みうら」)

栃木に来た時に必ず訪れる店、佐野ラーメン田村屋さんに引き続き、大好きな白河ラーメンの「みうら」さんを語ります。

さくら市の喜連川に向かう道々、新幹線のガード下に年季の入った看板が現れます。そして、その看板に続く車の列・・・
営業時間は小さな渋滞を作るほどの大人気店です。
さて、ようやく入庫できたと胸を撫でおろしても、店の前には更に入店待ちの人の列ができています。
次から次へと客足が途絶えないのですが、店内は客席数が多く回転が速いため思いの外、待ちません。
暖簾をくぐり店に入ると、混雑はしていても殺伐とした雰囲気がなく、まるで慣れ親しんだ親戚の家にいるような居心地の良さと温かみを感じる店内です。年齢層はまさに老若男女、子どももお年を召した方もいて、性別年代を選ばず愛されているのがわかります。地元の常連客に愛されて止まないのでしょう。
私たちは年に数回の訪問ですが、既に顔見知りとなった店員のお兄さんと挨拶を交わします。(覚えてくれて気さくに声をかけてもらえるの、嬉しいですね)

さて、私はいつもの「ワンタン麺(醤油)」です。
これが大好きなんです。
先ず、ここのラーメンはスープがたっぷり。これ、嬉しいですね。
私の肌感覚ですが、最近の、特にオシャレラーメンはスープが少ない店が多い気がしていまして・・・
まずスープを蓮華で口に含むと、鶏油の香りがわっと鼻を抜けます( *´艸`)
そうそう、これこれ!!!
スープは正統派、シンプルな醤油ですが、鶏油の香りとうま味が効いていますよ。
さて、具はワンタンに加え、チャーシュー、なると、メンマ、ホウレンソウ、海苔、ネギと定番のラインナップがこれでもかと鎮座している安心感☆
私の好きなワンタンはつるんつるんのトゥルトゥル。またこれが、醤油スープと相性が良く最高です。

そしてこの店のラーメンは、この自家製手打ち麺を語らずにはいられません。
唸るのは、麺の腰です。兎に角、もっちもち。
腰の強いうどんのような歯ごたえがあります。
モチモチながら、表面はつるつる。上の写真の艶でお分かりいただけるかと思います。
つるつるながら、手打ちならではのちぢれが、スープをうまく持ち上げます。

みんな大好き叉焼にも触れておきます。
ここの叉焼はスモークしてあるようで、これまたいいアクセントになっています。
噛みしめるごとに、お肉のうまみと燻された香りが口の中に広がり、正に至福( *´艸`)
醤油の正統派スープにも相性◎
ここの叉焼好きです('ω')ノ


うーん・・・ボキャブラリーが乏しく月並みな言葉でしか表現できないのが惜しいです。
尚、スープ同様に、麺も結構たっぷり入っています。
毎度引き合いに出して申し訳ないのですが、オシャレラーメンに在りがちな”見た目は凄く綺麗でいいけど、量が少なくて物足りないなぁ”なんてことはありません。
たっぷり食べられる大満足の一杯です。
さて、私はここ数回、すっかり醤油ワンタン麺に決め込んでしまいましたが、塩ラーメンや味噌ラーメンもあります。
そういえば、私も一度塩ワンタン麺を食べたこともありました。
塩も美味しかったです。あっさりしがちな塩ですが、煎り胡麻がたっぷりと香る満足の一杯でした。ただ、ワンタン麺にするならば、個人的にはやはり醤油との相性には敵わないと判断し、すっかり醤油ワンタン一辺倒と相成りました。
※塩ワンタン麺はメニューに無いのですが、オーダーしてみたら何の抵抗もなく受け入れられました。ちなみに、これまたメニューに無いですがチャーシュー麺も注文できましたので、スープを選んでカスタムが可能なようです。
他のお客さんのオーダーを聞いていると、ご高齢の常連さんと思しき方々は、味噌ラーメン注文されているのをよく耳にします(´ー`)
そのたびに味噌もいいなぁなんて思い、味噌は未だ試してないので、次こそは・・・
なんて言いながら、結局毎回ワンタン麺の欲に負けてしまう私。
2食はさすがに食べられないし、2日続けていくと他のものが食べられないし・・・
栃木は誘惑が多すぎて、お腹が困っちゃう(*´Д`)
栃木への車中泊の旅も大分慣れてきて、すっかり定番が出来上がりました。
気に入るとそこばっかり行く私(A型)ですので、どなたかもっとお勧めのお店がありましたら、ぜひ教えてください。
栃木車中泊の旅・ラーメン道楽(佐野ラーメン田村屋が好き!)

毎年数回ほど車中泊の旅に出掛ける私ですが、必ず立ち寄るお目当てのラーメン屋がございます。
まずは、佐野ラーメンの代表「田村屋」さんです。
さぁ、語らせていただきます!
私はここのラーメンが、今一番です☆
我が地元には横浜家系らーめんが台頭しており、それも名店揃いで旨いのですが、それを差し置いて我がNo.1なのが、この田村屋さんでございます。
まず感動するのは写真からもわかるように、濁りのない、透き通った黄金色のなんとも美しいスープ!
油っぽさ、くどさ、濃さは勿論なく、さっぱりスッキリしているのに兎に角、旨さが凄いんです。
初めて口にしたときに、一瞬薄いかな?と感じたのですが、食べ進めると全然そんなことはなく、最後は旨味もコクも塩気もちょうど良く、いつまでも味わっていたいと、食べ終わることが惜しいと感じる絶品の逸品です!

スープのことばかり語りましたが、佐野ラーメンと言えば、青竹手打ち麺が最大の特徴ですね。見てください、この艶めき☆
つるつる、ツヤツヤの麺なのですが、手打ちながらのちぢれがあり、モチモチしたところと、ピロピロしたところが入り交じっていて食感がよく、これがまた意外に薄めのスープに合うんです。
具はシンプルに、ネギ、チャーシュー、なると、メンマ、ほうれん草がデフォです。
これまたチャーシュー(煮豚)が柔らかくて旨いんです。
チャーシューの旨味はスープに溶けだしていくので、着丼したら先ずはチャーシューの外れのスープを味わいます。そして食べ進めていくと、ネギやチャーシューから香りや旨味が移ってスープが変わりますから、それをまた改めて味わうのがよし。
総じて、あっさりとうどんのように食べられます。
これくらいあっさりとしていると、食い道楽の旅でも胃を壊すことはない、安心のラーメンですね。
私はここのラーメンを勝手に、極上のお澄ましラーメンと位置付けています。
うすいのに、全くうすいと感じない(意味不明)不思議なラーメンです。こんなにあっさりしてるのに、どうしてこんなに旨いのか!?!?
何がどうなっちゃってるのか!?!?兎に角、凄い!!!の一言です。
全くこのラーメンにはアッパレですよ( ゚Д゚)
ふぅ。とりあえず、私の持っているありったけのボキャブラリーで称賛させていただきました。
誰かこの感動を共感できる人はいませんか~???
佐野ラーメンが、田村屋さんがある限り、栃木は私にとって魅力度ランク常に上位です。
次回は、白河ラーメン「みうら」さんについて、また語ります。
車中泊の旅

本日は車中泊のお話でございます。
車中泊御用達の軽バンSUZUKIエヴリィで栃木県まで車中泊の旅に行ってまいりました。
ここ数年は年に数回、熱い夏だけさけて車中泊の旅に出ます。

定番コースは
初 日)仕事が終わってから夜に出発(東北道のサービスエリアで1泊)
2日目)栃木県入り~開店を待って田村屋で佐野ラーメン~地元道の駅散策~道の駅喜連川にて温泉入浴&車中泊
3日目)宇都宮餃子館で健太餃子を食べ~白川ラーメンみうらでワンタン麺をまた食べる~適当に探した地元の風呂に入る~宇都宮で友人が営むインドカレーを食し、そこでちゃっかり車中泊
最終日)地元道の駅で新鮮な野菜や土産を買い、鮎の塩焼きを食べて帰宅

大体こんな旅です。主に食道楽ですね。
あとは、道々にある地元の養魚場を訪れ金魚を好きを発揮するくらい。
栃木県は毎年、魅力度ランキングの最下位争いをしている県ですが、我々にとってはちょうどいい、居心地のいいお気に入りの場所なのです。
なにせ、田村屋の佐野ラーメンを食べる為だけに何度も訪れるくらいですから。
佐野ラーメンや白川ラーメンみうらみついては、また後日別に食レポを綴ります。
さて、車中泊の旅も回数を重ね、ベテランの域に達してきた私。
亡くなった相方も車が好きだったので、窓の目隠しやマットレスを生前に購入していました。(悲しいことに、結局二人で使うことなく亡くなってしまったのですがね。)
そして現在、処分せずにとっておいた車中泊グッズを、今は私が新しい相方と確り使わせてもらっています。
最近ではさらに機能を充実させてポータブル電源と車載冷蔵庫も導入。災害時にも使えますしね。
そして今回の車中泊のために、ベッドマットレスを新調いたしました☆
楽天でみつけた折りたためるリクライニングソファなのですが、これが思いのほか使い勝手が良くて、買って大正解でした。
これも後日レポを綴ります。
これで車中泊装備は一旦完了です(*'ω'*)
欲を言えば、夏でも社内でぐっすり眠れるようにポータブルクーラーを導入したいのですが、コンパクトで排気ダクトが無くてよく冷えそうな商品が未だ見つからないので、用検討です。
どなたかお勧め商品をご存じでしたら、ぜひ教えてください。
道に人が倒れていたら皆さんはどうしますか?

つい先日のことです。車で買い物に行く途中、道にうずくまっているご婦人に遭遇致しました。スピードも出ていたので一度通過してしまったのですが、これはヤバイのでは!?と思い、手頃な路地でUターンをしてご婦人のもとへ…
戻る最中も、このコロナ禍にリスクになるだろうか???
むしろかえってご迷惑になるのではないか???
でもこのまま見て見ぬふりをして最悪の事態に発展したら…
これで亡くなるようなことになったら…などとぐるぐる考えていました。
ですが勿論、命より尊いものはありません!!!
多少躊躇しながらもご婦人に駆け寄りました。
「大丈夫ですか???」
するとその女性はご自身で旦那様に電話でヘルプをしておられました。
喋れるくらいは大丈夫だ、とホットしました。
今すぐ命がどうこう、という緊急性はないような気がして安堵。
しかし、話すのも辛そうなのでお電話を代わり、今付き添っていますよ、とご主人にお伝えしました。
ご主人はもうこちらへ向かっておられ、5分ほどで着きます、とのこと。
心臓の病気をお持ちで、心臓が苦しいと話す女性…
どこをどう触れていいものやら、座らせるのがいいのか?横になってもらうのがいいのか?
温めてあげていいのか?
私は必死に
「大丈夫ですよ!!」
「辛かったら無理せず救急車を呼びましょう」
と混乱しながら、肩や背中をさすることしか出来ませんでした…
何か腰を下ろせるものや、暖められるブランケット!と思って車を探しても…なんにも無いのです。
無駄に大きく荷物の多い私の鞄のなかにも、こんな時に役立つものは何一つ入ってないんですから、私は普段何を持ち歩いているのやら…(T-T)
そうこうしているうちに、ご婦人は
「やはり救急車を…」とおっしゃいます。
私もいよいよ来た!とばかりに
「!!!そうですね、それがいいです!我慢する必要なんてないですから、救急車を呼びましょう!」と直ちにコール!
救急車を呼んでいるうちにご主人様も到着し、救急車が来るまで兎に角背中をさすりながら
「大丈夫!大丈夫ですよ!!」こればっかり。なんの根拠もなく…
さて、間もなくして救急車が到着しましたので、後は救急隊とご主人にお任せして私は失礼いたしました。
そこからも興奮が覚めず
「どう対処するのが正解だったのか?」
と散々考えていました。
コロナ禍に体に触れても良かったのかな?
気を失ってなくても、AEDを準備するべきだったかな?
ところでこの辺りは何処にAEDがあるだろう?
自分が着ているカーディガンがあったのに、その時彼女にかけてあげることを、どうして気がつかなかったのか…
一人大反省会です。
冷静に考えられれば、もっと的確に出来たことがあっただろうなぁと情けなくなりました。
そんなことを考えつつもとりあえず、共有した電話や手指、車のハンドル、車内にアルコールを散布して消毒は致しました。こういう時の感染対策として、思いつく限りのことはしたと思います。
さて家に帰って現相方に報告をしますと
「大丈夫!?体に触れたの!?顔を近付けたの!?」
「救急車を呼んだのは素晴らしかったけど、それだけで良かったんじゃないの?」
「その人がコロナだったら、マスクをしてても濃厚接触になるよ!」
「今は体に触れることは、向こうにも迷惑だったかもよ」
などと、注意を受ける始末。
迂闊だったかしら…
彼は介護現場の管理者をしている身、彼の立場、責任を考えると当然の反応です。
家族であってもコロナに感染すれば、出勤停止などの措置がとられ業務に支障がでます。(実際に昨年私が風邪をひいて熱を出した際には、コロナ陰性であったにも関わらず、現相方は1週間の出勤停止・・・年休を取らざるを得なくなりました)
他の企業の状況は存じませんが、彼が働く介護現場では、本人のみならず家族であってもコロナに感染することは自己管理能力不足の迷惑職員になり下がってしまう、恐ろしい風潮が少なからずあります。
そして私はそんな彼と同居をしているのですから、コロナ感染リスクを最優先に考慮して行動をしなければいけない。立場をわきまえた行動するべきだったと、此れもまた反省。
でも何が正解だったのでしょう?
苦しんで小さく身を丸めている方に、距離をとって遠くから声をかけることしか出来ない世の中はもどかしくて悲しいなと感傷的になったり。
この辺りの捉え方は、地域性や年代、職業ごとの社会的責任によっても違うような気もするし…更に悩む私。
ですが、もし本当にコロナに感染している方だったら…
コロナだけでなく、ノロウイルスで嘔吐してしまった方の介抱や、ウイルスをお持ちの方が血を流すような怪我をされている場合は…???
ましてや夢中で介抱している最中はどんな病気をお持ちかわからないので、後になって罹患が発覚するのです。
私は未だぐるんぐるんと考えております(現在進行形)
我が身を全く省みず、ヒーロー気取りで手助けをした結果、本人が罹患してしまう。というのも一見いい話、感動話かもしれませんが現実はそれだけでは済まされないでしょう。浅はかであまりにも幼稚ですよね…
かといって、自己犠牲やリスクを重んじてばかりで、極論ですが見て見ぬふりが横行して、まともにコミュニケーションすら取れない薄情な社会になってしまうのも切ないですし。
そんなことを考えていたのですが、昨日そのご夫婦が菓子折りを持ってわざわざお礼に来てくださいました。
「側でずっと寄り添ってくれたことが心強くて、大変ありがたかった・・・」と何度も何度もお礼をいただきました。
こちらも恐縮して、でも感謝されたことは素直に嬉しくて・・・
私が咄嗟にとった行動は、このご夫婦にとっては良かったのかなと、ずっと悩んでいたことに、一つ結論が出たように思いました。
倒れた人を介抱するなんて滅多に経験しないことですが、今回の事を通じて改めて自分がとるべき行動を考えさせられました。
初めは、人命を優先にする前に感染リスクを考えて躊躇してしまうなんて、なんて情けない!と熱くなって多少憤った自分です。
今少し冷静になって考えておりますと、何を優先してどのように行動すべきか、もう少し熟考する余地がありそうだなと思っています。
人命優先はさることながら、加えて現在のコロナ禍における人と人との適切な距離・・・
これは新型コロナ流行の前後で大きく変わったと実感しています。
こういった人命優先の状況下
私のような平人までが、このように考えさせられる機会を得たということは、今まさにその新常識に変わる過渡期にあるということでしょう。時代ですねぇ・・・('_')。
今回は背中をさすったり、手を握ったりとコロナ禍においてはやや過剰なスキンシップを取ってしまった私ですが、もしまたこのような状況に遭遇することがあったら、次回はまた違った対応をするようになっているんでしょうね。
医療関係者ではない人以外は、むやみやたらにお体に触れないでください。という新常識が出来上がっているのか・・・・
それとも、コロナが落ちついた社会ではすっかり元通りになるのか、むしろコロナ禍でしていた我慢を取り戻すかの如く、スキンシップに溢れる人同士の距離が近い社会になっているのか・・・
どちらにしても、その時の社会の動向を機敏に受け取って冷静に判断しながら、臨機応変に考えてその時その場で求められる対応ができる感性は持ち合わせていたいと思うのでありました。